はじめに
2012年4月28日、群馬県藤岡市の関越自動車道上り線藤岡ジャンクション付近にて、ツアーバスが防音壁に衝突、乗客7名が死亡、乗客乗員合わせて39名が重軽傷を負うという痛ましい事故が発生した。同じく公道を利用したサービスに従事する者として、改めて日ごろの業務にかかる社会的な責任の重さを感じる。
この事故は様々な議論を引き起こした。その一つが事故の責任の所在についてである。当該事故の処分として、事故を起こしたバスの運転手は自動車運転過失致死傷容疑で逮捕、バス運行会社の有限会社陸援隊は複数の違反により事業取消、同社代表取締役社長は道路運送法違反容疑にて起訴、またバス運行の企画者である旅行会社の株式会社ハーヴェストホールディングスは業務停止処分となった。結果として運行を実施した者、管理した者、依頼した者が全員責任を問われたことになったのである。
依頼元の行為が問題視されるのはトラック業界も同じ
依頼元の行為が問題視されるのはトラック業界も同じである。
2011年12月26日、福岡県北九州市の九州縦貫自動車道下り線18キロポスト付近にて、故障の為停車していた軽四輪自動車にトラックが衝突、車両の中にいた運転手が死亡した事故について、三重運輸支局は事故を引き起こしたトラック事業者の株式会社弥生運輸を巡回監査した結果、過労運転等の違反が認められた為、同社に事業停止並びに事業用自動車の使用停止処分を下した。その後、同局は、荷主からの無理な運行依頼が事故の背景にあった可能性があることから、同トラック事業者に再検査を実施した。しかし、再検査の結果、各荷主から無理な運行依頼等、安全運行を阻害する事実はなかったと判断された。
上記、トラック事業者への再検査は貨物自動車運送事業法第64条に定められるいわゆる『荷主勧告制度』に基づく。荷主勧告制度とは、荷主に対して、荷主が運行を依頼した実運送事業者の違反について、荷主が必要な措置を講ずるよう求める制度である。本記事では、荷主勧告制度を通じて、荷主の『責任』について議論をする。
荷主勧告制度概要
経緯
貨物自動車運送事業法(以下、法)第64条に定める荷主勧告制度の運用は、『荷主への勧告について(平成15年2月14日付国自貨第103号)』及び『貨物自動車運送事業者の過積載運行の防止に係る荷主への協力要請等の取扱について(平成17年3月2日付国自貨第140号、以下「旧課長通達」)』に基づき実施されていた。旧課長通達での運用では、対象となる実運送事業者の違反を過積載のみに限定しており、また実際に勧告が発出されることはなかった。
しかし、国土交通省が2007年5月に取りまとめた『トラック事業における荷主・元受事業者と実運送事業者との協働による安全運行の向上にむけて - 安全運行パートナーシップ・ガイドライン』にて、貨物自動車運送事業における安全確保については、実運送事業車に第一義的な責任があるものの、荷主からの無理な運行依頼等、荷主の行き過ぎた行動が貨物自動車運送事業者の安全運行を阻害する要因になっていることが指摘された。
その後、先の旧課長通達に代わる『「荷主への勧告について」の細部取扱いについて(平成20年3月28日付国自貨第211号、以下「課長通達」)』が通達され、従来は過積載運行のみであった適用範囲が拡大され、また勧告制度の運用方法を具体化した。現在は課長通達に基づき実施されている。
運用方法
課長通達に定める運用方法は、以下の通りである。
対象となる主体
荷主(真荷主もしくは元請事業者等利用運送事業者)
対象となる依頼先実運送事業者の違反
1)運転者の過労運転を防止する為に必要な措置義務違反(法第17条1項)
2)過積載による運送の引き受け、過積載による運送を前提とする事業用自動車の運行計画の作成及び事業用自動車の運転者その他の従業員に対する過積載運行の指示(法第17条2項)
3)事業用自動車の運転者の最高速度違反(法第17条3項(貨物自動車運送事業輸送安全規則第10条1項の違反であり、道路交通法第22条に係るもの)
*課長通達の後、『トラック運送業における燃料サーチャージ緊急ガイドライン(平成20年3月14日、国土交通省)』にて、運送事業者が燃料サーチャージ制を導入せず、かつ法26条の運賃・料金の変更命令が発動され、しかしながら同命令を遵守しなかったが為に法第33条1項に基づき処分され、かつ命令非遵守が荷主の指示により行われている場合、荷主勧告制度の対象になると規定されている。
*なお、燃料サーチャージ制の概要説明については、ばんばん通信バックナンバーをご参照頂きたい。
勧告までのステップ
1)一般的内容の協力要請書
上記3違反となる運送行為の荷主が特定できた場合。
2)警告的内容の協力要請書
一般的内容の協力要請書発動後、同要請書により規定される内容の改善が図られていなかった場合。但し、過積載運行について、一般的内容の協力要請書の有無に関わらず、荷主から過積載運行に繋がるような運送依頼や過積載運行の指示・強要が認められる場合にも発出する。
3)荷主勧告書
過去3年間に1回、警告的内容の協力要請書を発信した荷主であり、同様の違反行為に対する安全確保命令または行政処分を事業者に行う場合であり、同様の違反行為への荷主の関わり方に改善が見られない場合。但し、発出に際しては予め勧告の対象となる荷主が行う事業を所管する大臣の意見を聞かなければならない。
*法第64条では勧告の発出要件として『違反行為が荷主の指示に基づき行われたことが明らかであるときその他当該違反行為が主として荷主の行為に起因するものであると認められ、かつ、当該一般貨物自動車運送事業者等に対する命令又は処分のみによっては当該違反行為の再発を防止することが困難であると認められるとき』と定めているが、課長通達による運用では、不要となっている。
各文書の内容(様式)
目的
荷主勧告制度の目的は、法第64条1項に『違反行為の再発の防止』と規定されている。また、国土交通省は課長通達に先立ち実施したパブリックコメントへの回答にて、荷主勧告制度は荷主の責任を追及する為の制度ではないとしている。その為、罰則規定が設けられていない。
*なお、過積載運行については、荷主が実運送事業者の違反について責任を追及される場合がある。道路交通法第58条の5・1項では、使用者以外の者が、運転手に対し、過積載運行を強要すること、及び過積載となることを知りながら積載物を売り渡し又は引き渡しを行うことを禁止しており、使用者以外の者には荷主も含まれている為である。上記に違反し、再発の恐れがあると判断された場合、警察署長から再発防止命令が出され、それに反した場合、6か月以下の懲役または10万円以下の罰金が科せられる。
その他の措置
警告的内容の協力要請書発出以降の行動として、報道機関等を通じて公表を行う場合もある。
まとめ
荷主が運行に対して持つ影響力は大きく、第一義的な責任は実運送事業者であるとしても、荷主が行う運行への依頼(指示・強制)については重大な社会的責任を持っている。その責任に鑑み、荷主勧告制度は荷主にとって非常に『軽い制度』であると私は思う。
しかし、責任の追求は制度に限らない。本記事の冒頭で紹介した旅行会社は、2012年7月2日に事業を停止し、自己破産申請の準備に入った。同社はその理由について、6月30日付の事故被害者遺族並びに同社の債権者へ送付した書面にて、①事故後の信用低下と②業務停止処分見込みによる事業見通し難として記載している*1。責任を果たせない会社であると社会から判断された際、信用低下による影響は取り返しがつかないものである。
*産経新聞記事「関越道高速バス事故のツアー会社、破産申請へ」(2012年7月2日)参照。
なお、業務停止処分は自己破産申請後の7月4日に実施されています。
終わりに
時折、荷主企業との対話で『多少の無理を言っても受けてくれる都合の良い事業者』等の表現を耳にする。おそらくこの事業者に対する良い評価の際に出る表現なのだと思う。
ところで、『多少の無理』とは一体どのようなことだろうか。もし、『多少最大積載量を超える積載』や『多少ドライバーの拘束可能時間を超過する運行』であれば、指示の有無に関わらず荷主企業も責任が問われる。
当然ながら、運送事業者は、この『多少の無理』に対し、『断る』又は『法令を遵守する範囲での代替案の提示』する必要がある。しかしながら、コンプライアンスに対する意識が希薄な運送事業者であった場合、自社のドライバーや下請事業者に『多少無理な運行』を指示している可能性もある。
今一度、運送事業者の違反は荷主企業にとっても事業存続・会社存続に繋がりかねないリスクであることを再認識して頂き、真の物流パートナーを選定して頂きたい。
(文責:松室)
【参考資料】
・国土交通省観光庁 報道発表
「旅行業者に対する業務停止処分を行いました(平成24年7月4日付)」
・国土交通省中部運輸局自動車交通部 報道発表
「死亡事故を起こしたトラック事業者を事業停止処分にします(平成24年5月14日付)」
・国土交通省自動車交通局
「荷主への勧告について(平成15年2月14日付国自貨第103号)」
・国土交通省自動車交通局貨物課
「貨物自動車運送事業者の過積載運行の防止に係る荷主への協力要請等の取扱について
(平成17年3月2日付国自貨第140号)」
・国土交通省自動車交通局貨物課
「『荷主への勧告について』の細部取扱いについて(平成20年3月28日付国自貨第211号)」
・国土交通省自動車交通局貨物課 意見公募
「『荷主への勧告について』の細部取扱いについて(案)に関するご意見の募集結果について(平成20年3月28日付)」
・国土交通省自動車交通局貨物課
「意見公募「『荷主への勧告について』の細部取扱いについて(案)に関するパブリックコメントの募集について(平成20年2月8日付)」
・産経新聞 記事「関越道高速バス事故のツアー会社、破産申請へ」(2012年7月2日)
・安全運行パートナーシップ検討委員会
報告書「トラック事業における荷主・元請事業者と実運送事業者との協働による安全運行の向上に向けて― 安全運行パートナーシップ・ガイドライン」(2007年5月)
・帝国データバンク「大型倒産速報 株式会社ハーヴェストホールディングス」
(最終閲覧日2012年7月11日)
https://www.tdb.co.jp/tosan/syosai/3632.html
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