石川県和倉温泉郷にある加賀屋は、日本一の旅館であると言っても過言ではありません。旅行新聞新社が主催する『プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選』にて2016年まで36回連続で総合部門第1位に選ばれており、2017年は同1位の座を逃したものの、翌年に同1位に返り咲き、以降2020年まで再び連続で同1位に選ばれています。
5年程前の暑い夏の日、家族と加賀屋を訪れた際、入口の自動ドアが開いた途端、涼しいエアコンの風を感じる間もなく「いらっしゃいませ」とご挨拶頂きました。声の元に目を向けると、一列に並ばれた御着物姿の皆様が揃ってお辞儀をしておられたことがとても印象的で、何とも言い難い心持ちになりました。なぜなら、私たちはドライブの途中にお土産を買う為に立ち寄っただけでしたから。
はい、何かすみません。今度は宿泊でお邪魔したいと思います。その際は是非バックヤードの自動搬送システムについてお勉強させて頂きたいです。
加賀屋の料理の自動搬送システムの導入は1981年
加賀屋は12階建ての新館『能登渚亭』のオープンに際し、料理の自動搬送システムを導入しています。
導入前は客室係の皆様が調理場から客室まで料理を搬送していましたが、それは大変な重労働であり、また客室係のお仕事の半分以上が料理の運搬に関することであったとのことです。
自動搬送システムは調理場から各階の配膳室まで配置されたレールの上を、料理を載せたワゴンが運搬します。また、フロア間の縦移動はエレベータを使用しており、自動連動しています。なお、自動搬送システムが配膳室までの搬送した後は、客室係が配膳をし、客室まで運搬する運用をされています。
今でこそ自動搬送ロボットも物流センターや工場等の各所で活用されていますが、加賀屋が最初に自動搬送システムを導入したのは1981年のことで、大福機工(現ダイフク)が開発しています。同様のケースがほとんどない当時、しかも工場や倉庫等ではなく旅館での導入は大変な苦労があったものと推察します。
2014年9月に開催されたロボット革命実現会議に有識者として参加した加賀屋女将の小田氏は、自動搬送システム導入の成果について、以下のようにお話されています。
「私たちはこのやり方を「ハイテックとハイタッチ」と呼んでいます。テクノロジー(技術)を使うことで、タッチ(お客様とのかかわり)を増やす、という意味です。旅館では、お客様との会話や、観光や交通機関のご案内といったサービスが欠かせません。じっくりとお客様とお話をする時間と余裕を確保するために、最新の技術を活用するという考え方です。
(中略)体に辛いところや痛いところがあれば、お客様と接している際も気になって身が入りません。配膳の作業がスムーズに進んでいるとなれば、心に余裕ができます。「お客様にこうして差し上げよう」「料理の紹介をもっと丁寧にしてみよう」といった発想も浮かんできます。加賀屋のモットーである「笑顔で気働き」を実現しやすい環境が整いました。*1自動搬送システム導入により料理の運搬に要する労力が30人分から7人分に削減されたとのことです*2。
工数削減は手段、目的はおもてなし
私たちも物流現場でのシステム・マテハン・ロボット等の導入に際しては作業工数削減というKPIに注目し、費用対効果を算定します。加賀屋の事例でも作業分析や定量評価をしっかりされておられたようですが、小田氏の言によると作業工数削減は手段であり、その先にあるお客様へのおもてなしが真の目的であり、成果であるということを非常に重要視されておられます。
加賀屋ではテクノロジー導入の目的が経営理念に合致していたからこそ、それが技術的に困難な時代であっても導入を成し遂げたのではないかと、また困難に立ち向かって得たものだからこそ真の強さとなり、長く日本一の旅館と評価される一因となっているのではないかと思います。テクノロジー導入の目的や成果を改めて考えるに際し適した事例だと思い、ご紹介致します。
<参考資料>
*1 日経BizGate「女性が輝く2つの仕掛け~搬送ロボと保育園」(最終閲覧日2021年6月18日)
*2 宮下幸一「旅館『加賀屋』のビジネスモデル―“おもてなし”は世界のモデルになりえるか―」『桜美林経営研究第2号』33-55頁、2012年。
(文責:松室 伊織)
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