はじめに
企業はどのような基準で物流事業者を選定しているのだろうか。
価格、品質、会社規模、長年の付き合い・・・企業によって様々な選定基準がある。
3月の「東北地方太平洋沖地震」発生時に、事業の継続性の重要さを痛感した企業は多いであろう。事業継続を阻む物としては、地震・大雨等の天災のように多くの企業に損害をもたらすものが最初に思いつくが、発生頻度を考慮すると「取引先企業の倒産」という問題も見過ごすわけにはいかない。
そのため、料金交渉の実施時期や料金水準を決定する場合にも、物流業の特性を把握して挑まなければならない。取引先物流会社が倒産した場合、顧客への配達が滞ったり、緊急便での出荷をせざるを得なくなる。ここでは、荷主企業が物流事業者を選定する際に、財務状況を考慮する必要がある点を指摘し、荷主企業の今後の物流戦略(業者政策、選定)に活用されることを期待する。
日本の物流企業の実態
中小企業の定義
中小企業基本法の第二条で「中小企業者の範囲」を定義している。資本要件と人的要件があるが、物流事業者の場合、下記①②のいずれかに該当すれば中小企業となる。
①資本の額(資本金)又は出資の総額が3億円以下の会社
②並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人
運輸業に占める中小企業の割合
日本の企業の大半が中小企業であるが、運輸業においてはどのような実態になっているかを見てみたい。
<表1:トラック事業者の規模 特積みトラック>
<表2:トラック事業者の規模 地場トラック>
* 表1、表2とも数字でみる物流2009
p75 輸送機関別輸送動向 トラック事業者の規模
上記からも分かるように、運輸業においても大半が中小企業となる。特にターミナル等の投資が必要な路線トラックに比べ、地場トラックの方が企業規模は小さい傾向にある。
運輸業界は一部の大手事業者が、協力会社と言われる中小の事業者を下請け、孫請けとして利用しており、荷主企業からの値下げ要請があった場合、中小の事業者への下払い料金の値下げという形で転嫁されるケースもある。
99%の中小物流事業者の弱体化は、物流業界全体の弱体化へとつながるため、荷主企業は中小の物流事業者の動向にも気を配る必要がある。
財務諸表からみた運輸業の概要
財務分析結果
<表3:運輸業の収益性・安全性・生産性の主要指標>
* 中小企業実態基本調査に基づく経営・原価指標 平成21年発行(平成19年度決算)p32
収益性・安全性・生産性の主要指標について
(1) 運輸業の標記主要指標はいずれも全産業平均を下回っている。
総資本営業利益率は2.4%で全産業平均を0.4ポイント下回っている。
その要因は、売上高営業利益率が1.9%と同平均を0.3ポイント下回っていることである。
販売費、管理費比率が26.7%と同平均を5.1ポイント上回っているためである。
(2) 全体として規模が大きいほど収益性は高くなる傾向にある。
(3) 規制緩和後の事業者の増加による競争の激化、運賃低下(表4)、原油価格(表5)の高騰等が影響している。
<表4:陸上貨物輸送物価指>
* 日本銀行ホームページ 物価関連(PR)より筆者がグラフ作成
90年12月に施行された「貨物自動車運送事業法」等により、事業への新規参入がそれまでの免許制から許可制に変更され、新規参入が容易になった。また、貨物運賃についても認可制から事前届出制に変更されたため、自由に運賃を制定する土台が出来上がった。日本銀行 物価指数(陸上貨物輸送)によると、2005年の指数を100とした場合、1992年の約106をピークに減少・横ばい傾向であり、2010年は約100.5となっている。
<表5:軽油インタンク納入価格月次調査>
* 石油情報センターホームページより筆者がグラフ作成
※表4と表5の拡大版はこちらから
企業倒産の実態
中小企業の倒産状況
・倒産とは、一般的には、資金繰りが滞ってしまい事業が継続できなくなる状態をいう。
つまり、支払手形の不渡りや借入金の返済ができなくなった時に事実上の倒産となる。
・中小企業庁の調査統計によると、倒産原因の1位:販売不振、2位:既往のしわよせ、3位:連鎖倒産となっているが、資金繰りが上手くいっていれば倒産することは無い。同様に、赤字が続いても資金繰りが上手くいっていれば倒産しないが、黒字でも資金がショートした場合は倒産となる。
・企業にとって、資金繰りをつけることが重要である。
<表6:倒産件数の推移>
<表7:業種別倒産状況>
* 表6、表7とも中小企業庁ホームページ
上記を見る限り、倒産件数の中小企業比率は99.5%前後である。これは表1の中小企業比率とほぼ同様であり、特に中小企業だからといって、倒産の危険が増す訳ではない。ただし、日本の会社ベースの企業数の内、運輸業が占める比率は3.1%であり、倒産件数の内、運輸業が占める比率が上回っていることから、他の業種に比べて倒産の危険性が高い業種といえる。
よって、企業が物流会社を選定する場合には、倒産のリスクを回避できる選定基準を設ける必要がある。
X社の財務分析事例
財務分析結果(同業比較)
・ここでは、事例を通して物流事業者の経営分析を行う。
・仮想企業X社の概要は以下の通りである。
①資本金:約1億円
②事業内容:電気、産業機械の保管・輸送を中心とした一般貨物自動車運送事業
③売上高:約80億円
④取引先:一部上場の大手電機メーカー、産業機器メーカー
<表8:X社の財務分析結果>
【財務指標比較】
* 実在企業の貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を筆者が改定して各指標を算出。一部数値の整合性が取れない箇所がある旨、ご理解頂きたい。
考察
<ポイント1> 利益率が低い
①売上高総利益率が極端に低い:売上原価(外注加工費=協力業者への下払い)が大半。
→X社は協力業者への依存度が約8割あり、かつ利益率が低いため、売上拡大が利益率改善に繋がりにくい。
②売上高経常利益率が低い:営業外費用(支払利息)が1.2%前後と高い水準である。
→借入金の金利支払いが利益率の低下の原因となっている。
<ポイント2> 自己資本比率が低い
<ポイント3> 固定比率が高い
①自己資本比率が業界平均の半分:自己資本に比べ負債(固定負債)が大きすぎる。
→自己資本は資金調達の際の判断項目の一つであり、新規の借り入れがしづらくなる。
②固定資産への投資が自己資本以外で賄っている:自己資本に比べ固定資産が大きすぎる。
→設備投資の大半を占める土地への投資を有利子負債で行っている。
投資回収速度の遅い土地への投資を有利子負債で行っており、財務面では不安定である。
但し、長期借入金で投資を賄っている点は評価できる。
<ポイント4> キャッシュフローが低い
①利益率の低さがキャッシュフローの低下に直結している
②キャッシュフロー(現預金)の低下は、当座資産の減少に繋がる。
→当座資産の減少は、支払能力の低下を意味しており、財務の安全性が低下していると言える。
総括
X社の実態として短期的な資金繰りはクリアできそうであるが、キャッシュフローの減少が続くようであれば危険信号である。短期の資金繰りが行き詰まった時点で不渡り→倒産となる可能性がある。長期的には、大手取引先との安定的な取引と固定資産を背景とした銀行からの長期借入が大きいため、銀行及び大手取引先との関係をモニタリングする必要がある。
リスク回避策としては、下記の検討が必要である。
①X社以外の物流事業者との取引を行い、万が一の代替手段を確保する。
②調達先の与信管理
→販売先の与信管理は大半の企業で実施されているが、調達先の与信管理は明確な基準を設けていない企業が多い。事業に多大な影響を及ぼす原材料や物流に関する調達先の取引基準を作成することでリスクを回避しなければならない。また、指標から読み取れない情報についても、日々チェックすることで危険予知につなげる。
①X社の社員の状況(退職者(特に経理担当者等)が増える、「給与やボーナスが下がった」「支払いが遅れている」等の会話、モラールの低下)、
②X社の社長の動向(事務所に来なくなった=資金繰りに奔走している、手形→現金や期間短縮の変更依頼)
(文責:森田/中小企業診断士)
【参考文献】
・日本物流団体連合会[2010]『数字で見る物流』社団法人日本物流団体連合会
・『中小企業実態基本調査に基づく 経営・減価指標』[2009]同友館
・国土交通省ホームページ
・中小企業庁ホームページ
中小企業庁倒産の状況 集計結果 統計表一覧より
・日本銀行ホームページ
物価関連(PR) – 時系列統計データ検索サイト
・石油情報センターホームページ
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